アメリカ・ファイザー社とドイツ・ビオンテック社のmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンとは

アメリカ・ファイザー社とドイツのビオンテックのmRNAワクチン「BNT162b2」は12月2日にMHRA(イギリス医薬品・医療製品規制庁)が緊急使用承認取得し、12月8日から接種がイギリスでは開始されている。日本でも12月18日に「特別承認」申請が行われており、早くて2月中に承認され、同月下旬より医療従事者、高齢者、基礎疾患のある人を優先にワクチン接種が開始される方針だ。

このワクチンは発症者170人に基づく最終解析で95%の予防効果を確認。おなじくアメリカのモデルナ社によるmRNAワクチン「mRNA-1273」は今のところアメリカと欧州で申請中。こちらは3万人以上を対象に行ったフェーズ3では196人の発症者に基づく最終解析で91%の有効性が確認されている。

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mRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンとは

細胞内の「mRNA(メッセンジャーRNA)」という遺伝物質を人工合成して得られる医薬品である。従来の不活化ワクチン等(日本脳炎ワクチン、ポリオワクチン、インフルエンザ菌b型(Hib)ワクチン)などの場合、実際に感染症を引き起こすウイルスを科学者が入手してからワクチン開発が始まる。その為、製品化までには5~10年以上を要してきた。これに対しmRNAワクチンでは、ウイルスの遺伝情報(塩基配列)さえ分れば、本物のウイルスを入手する必要はなく、非常に自由な遺伝子操作が可能であることからも、極めてスピーディに開発・製品化ができたのだ。

ファイザー/ビオンテックとモデルナは各々、まず遺伝情報(塩基配列)から(新型コロナウイルスのスパイク・タンパク質(ウイルス表面の突起を構成するタンパク質)を作り出し、ウイルス遺伝暗号のごく1部をワクチン化して、人の体内に注入して抗体を作らせるという方法で「mRNAワクチン」を開発した。これまで世界で承認されたmRNAワクチンはないが、ここ数年で研究開発が活発化している方法である。このため、もし仮に将来、Covid-19 ウイルスが突然変異を遂げたとしても、mRNAワクチンなら迅速に対応してパンデミックに対応する事ができる可能性がある。だとすれば人類にとって、これほど心強い味方はないだろう。

mRNAは、他の感染症のワクチンあるいは癌など様々な病気の治療薬にも応用でき、「mRNA」という新しい医療分野が誕生するとの見方が強まってきた。さらに、目的に合わせて遺伝情報を変えることで、さまざまな感染症に対応できるワクチンが開発できる可能性があるほか、感染症以外の病気の治療でも効果が期待されている。

対してイギリス・アストラゼネカ社とイギリス・オックスフォード大学との共同開発しているウイルスベクターワクチン「AZD1222」は今のところ70%の有効性が確認された。今、追加の臨床試験を終了し、イギリスではまもなく承認申請が許可され、来年早々、1月4日からの接種を開始予定である。

ウイルスベクターワクチンとは

ヒトに対して病原性のない、または弱毒性のウイルスベクター(運び手)に抗原たんぱく質の遺伝子を組み込んだ、組み換えウイルスを投与するワクチン。英オックスフォード大学と英大手製薬アストラゼネカはCovid-19 ウイルスの表面にある突起部分・スパイクのたんぱく質から遺伝子を摂取、その後チンパンジーから一般的な風邪のウイルス(アデノウイルス)の遺伝子を摂取し、人の体内で繁殖しないよう無害化し、スパイクから接種した遺伝子を再配列。それをアデノウイルスに組み込んでワクチン開発に成功した。

このワクチンが人の細胞に入り込むと抗体やT細胞などの免疫抗体が生成され、Covid-19 に遭遇すると抗体やキラーT細胞が働き撃退する仕組みだ。ただしこれまで世界で承認されたウイルスベクターワクチンは、欧州で承認された米ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)のエボラウイルスワクチンと、中国で承認された中国の康希諾生物(カンシノ・バイオロジクス)のエボラウイルスワクチンのみにとどまっている。

これらワクチンの安全性は

mRNAワクチンの最大の安全性はたんぱく質を作る設計図として使われたあとは自然に壊れてしまうことや投与しても細胞の「核」には入らず、ヒトの遺伝子と混ざってしまうことがないということだ。

副作用についてもファイザーのワクチンはこれまでに公開されたフェーズ3の臨床試験結果で2万人程度の被験者に投与されたが、長期に残るような副作用はみられていない。多くの被験者が一時的な接種部位の痛み・頭痛・倦怠感などを経験し、一部の被験者は38度以上の発熱をきたしたが、いずれも自然に軽快するものであり、医学的には重大な問題ではない。

ただし英国でワクチン接種計画が施行された後に、医療機関従事者の二人がアナフィラキシー反応(即時型のアレルギー反応)を起こした為、アナフィラキシー型アレルギー反応の既往歴のある人は原因が何であれ、ファイザーのワクチン接種を行わないよう勧告している。この二人はいずれもアナフィラキシーの既往があり、緊急使用の注射薬エピネフリン(エピペン)を携帯していた。これゆえ一定数のひとたちはワクチン接種対象から外れることにはなるが、この規制当局の対応で十分安全性は守られると考えられる。(現在のところ、妊娠中・授乳中の人は接種を受けないよう指導されている。)

ワクチンは桁違いに多くの人に接種することになるゆえ、副反応のチェックは今後も重要である。このワクチン認可の条件として、英の規制当局はファイザーに副反応モニタリングと報告を義務付けた。なお、英国では、万が一コロナワクチンの副反応により重度の障害が残ってしまった場合には既存のワクチン補償と同じ補償が受けられることが決まっており、具体的には約1700万円の一時金が支払われることになる。

一方、「アデノウイルスベクターワクチン」とDNAワクチンにおいてとくに危惧するのは、一度人体に入ったウイルスやDNAがどんな挙動を示すかわからないという点だ。 これらのワクチンは遺伝物質であるDNAが私たちの細胞に取り込まれてしまうからである。以前、難病患者に対して行われていた『レトロウイルスベクター』を用いた遺伝子治療では、白血病を高頻度で引き起こし、レトロウイルスベクターは使用されなくなったという事例がある。そのような可能性は低いとしながらも、アデノウイルスベクターの挙動によっては、がんやその他疾患のリスクもぬぐいきれない。 今回のワクチンのように億単位の人が接種した場合、何が起こるかわからない。人間の生殖細胞に入り込む可能性もまったくゼロとは言い切れない。そうなれば、次世代に引き継がれて生物の歴史に影響を与えてしまう可能性があると言われている。

今後の課題は

現在、投与が始まっているファイザー・ビオンテック社ワクチンの効果もまだ検証途上だ。今後検討すべき重要課題には、無症状感染を止められるかどうか、重症化を回避できるかどうか、何百万人という人に接種したときに思いがけない副反応がおきることはないか、ワクチンの効果はどれくらい持続するのか、ワクチンを1度だけの接種で2度打ちできなかった人に問題はおきないか、といったことが挙げられる。

伝統的なワクチン開発には10年ほどの長い時間がかかったが、今回のファイザーのmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンを含め、先行するCovid-19 ワクチンはいずれも癌ワクチンや他のウイルス疾患に対するワクチンとして過去20年間にあいだに開発、確立した生命科学の技術進歩、SARSやMARSの経験から蓄積されてきた情報が元にあった事も役立っているに違いない。成功例だけ並べたが、一方で、最初順調に開発が進んでいたにもかかわらず、手違いで遅滞しているワクチンや、予期しない事象で開発が止まったものもある。多くのワクチンが世界各地で開発されたからこそ順調に進んだものもできた、ともいえる。

2020年も残りわずか。今年はこのCovid-19 に振り回された年となった。もし、こうしたワクチンがコロナの無症状感染をも止められるのならば、コロナに対する集団免疫をワクチンで樹立することも可能になるかもしれない。おそらく、2021年の夏ころまでには、世界の先の見通しが見えてくるだろう。2021年度以降の世界について希望を持ちたいものだ。

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