
Covid19パンデミックによりロックダウンが行われていたヨーロッパでは、オペラ歌手がベランダで歌ったり、楽器奏者が演奏したり、励まし合う人々の姿が報じられていた。イギリスでも、毎週木曜日の20時になると、王室メンバーやボリスジョンソン首相、多くの人々が玄関やベランダに出て、医療従事者に謝意を表し拍手を送り街中のあらゆるシンボルがNHSカラーの青色に点灯された。とりわけNHSそのものへの感謝の思いが人々で共有され、こうした未知のウイルス感染症との闘いという過酷な状況下においてもNHSや医療従事者への信頼や敬意を忘れずにいることはとても心強いことだったと思う。
国内のほぼすべての病院を国有化するというNHS法が1946年に成立。現在、NHSでは常勤スタッフが約126万人。そのうち病院の専門医は約12万2000人。GPは約3万5000人、看護職は病院・診療所をあわせて約33万人。その他、様々な専門職、補助職、事務職員などからNHS職員は構成されており、イギリス公共サービスで最大規模の組織となっている。しかしNHSの医療供給体制は感染症に対し、必ずしも万全であったとはいえなかった。イギリスの病院は急性の集中的な治療に特化した施設であり、感染症隔離のような数週間におよぶ長期入院への対応には限界があった。しかしパンデミックが始まって即座にCovid-19治療に病院資源・人員を集中させるべく、具体的な体制づくりに向けた政府からのガイダンスが各医療機関に配布された。
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Covid-19の入院・集中治療室に備え設備の最大化
不急な手術をすべて延期。退院が可能な患者は地域医療に引き継いで早急に退院させた。これによりスタッフがCovid-19感染対策の研修に時間を費やす事ができたのだという。また独立したプライベート病院などの病床も活用し、これにより、まずは3万床を確保。
不急とされる部門が次々に閉鎖・縮小されたことで手が空いたスタッフが、Covid-19感染前線に半強制的に回される代わりに、空いた部門での経済的損失(特にプライベート診療用の病棟、病床)はCovid-19感染病棟として活用することで国が経済補償を約束。現場スタッフは健康上の理由がない限り、国からの通達ということで、選択肢も反論の機会もない。多くのスタッフは不満と不安を抱えながらも、前線招集に従うよりほかなかったという。経済的な補償に加えて、通常は本人の承諾なしに所属部署の異動はさせられないが、医療従事者を自由に異動させる権利が病院側には与えられた。
Covid19患者が増え続ける中、新たにいくつかの感染病棟が院内に設置され、その中には外科専用の新型コロナ感染病棟も用意された。そして患者の増加率や入院パターンに合わせて病棟数や形は変わっていった。
スタッフへのサポートの充実化・スタッフ活用の最大化
引退した看護師・医師の復帰要請
まずは医療従事者の確保に向けて、国が真っ先に行ったのが、この引退した医師、看護師の復職要請である。イギリスでは医師も看護師も免許は更新制。そのため一度引退した医療者には特別に免許更新を認める特例を国が出した。ロックダウン開始前の時点で既に4500人の引退した医師と看護師が一時的に復帰に同意。
医学生、看護学生の動員
これに続いて医学生、看護学生の動員もされた。例えば、最終学年の医学生で夏前に卒業予定の学生は「繰り上げ卒業」で早めに卒業させ、医師として現場に動員。卒業まで半年をきった看護学生も看護師として配置、卒業まで半年以上の2年生と3年生に関しては「有給実習」という名目で病棟の手伝いに回した。
通常の専門業務を越えた医療業務
通常の専門分野外の医師や看護スタッフによるCovid19病棟勤務も始まった。チーム編成は専門の内科出身は、医師も看護師も半数以下。残りは眼科、歯科、整形外科、遺伝子治療科、セクシュアルヘルス部門、外来の一部など、「不急」とされ閉鎖や縮小されて前線に招集されてきた。
専門医を専門外医師がサポート
とはいえ、専門外のスタッフが専門外の治療や看護を行う事は難しい。そこでスキルと経験のあるスタッフとの2人組のBuddy制が駆使された。医師の場合は内科上級医師の監督サポートのもと専門外の医師が研修医として仕事をしていく、同様に看護師も内科看護師がリードする形が取られた。病棟勤務を離れた看護師にとっての最大の不安は複数患者の同時管理だ。そこで患者受け持ち人数は4人から8人と通常の病棟看護師の配置人数の半分近くにし、ゆとりのあるようにした。通常、医師チームが病棟に1日常駐するなどありえない。しかしCovid-19感染病棟では内科上級医師さえも1日、病棟に常駐。看護師にしても同様にし、わからないことがあれば、すぐに内科看護師のサポートが受けられる。看護助手も多く配置されているので、看護師業務に専念できる。そして医師も看護師も病欠を見越して十分な人数が確保されていた。
また日本の保健所と同様の役割を持つNHS111と、救急受け入れの連携も国からのガイドラインを受け、地域レベルでの細かい指示が出る。特にCovid19感染、もしくは感染疑いの患者の受け入れ体制については、「receiving unit」と呼ばれる部門の役割や、トリアージの方法まで各病院で細かく規定を出すように国から指示が出ており、これによりどのような患者でも拒否することなく受け入れる体制が整った。
無謀にも見えたこの寄せ集めた人員でのCovid-19感染病棟・医療チームであったがこれは大成功と言えるのではないであろうか。本人の意思とは無関係に新型コロナ医療の前線に送られ、感染への恐怖に加えて、専門外の内科が務まるのか不安を抱えてたスタッフは多かったであろう。しかし彼らは見事に互いを理解し助け合って乗り切ってみせたのである。
イギリス医療の軸であるNHSは、現在は国民の税金とプライベート診療からの収入を得て、50/50として運営されているが国営色は強く、国からの統制を出しやすい。日本では行うのは難しい対策であろう。また各閉鎖部門では手術を待つ患者は増えていく一方で、ウェイティングリストを解消するのは長期戦になると思われる。そう意味では「医療崩壊」をしているように思われるかもしれない。しかしながら相手は感染症である。一時的な犠牲があるとしても、このように全力でこの感染症に立ち向かうイギリス政府の姿勢を私は評価したい。