
世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は「新型コロナウイルスは最後のパンデミックではない。流行時に資金を投じても次のパンデミックには備えない。危険なほど近視眼的な対応を繰り返している」と異例の非難声明を出した。WHOはこの2カ月前に「新型コロナウイルスのように動物を宿主とし、人への感染の恐れがあるウイルスは現在、最大85万種存在する。人への感染の恐れがあるウイルスが毎年5つ前後発生し、そのいずれもがパンデミックに発展する可能性がある」との報告を出したにもかかわらず、各国政府の対応が改まらないことに腹を据えかねているようだ。1918年のスペイン風邪以降、世界はさまざまなパンデミックに見舞われてきたが、次の懸念すべきウイルスは「鳥インフルエンザ」である。新型インフルエンザの発生のサイクルは40年から10年といわれ、すでにその周期に入っている。警戒と備えが必要だ。
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鳥インフルエンザウイルスはどの程度危険なのか・・・
鳥インフルエンザウイルスは、基本的には鳥と鳥との間で感染するウイルスだが、ごく稀に人に感染することがある。最近の研究で分かったことだが、実は人間も肺の奥などに鳥のウイルスを取り込む受容体が、少数ではあるが存在するらしい。感染した場合、全身で増殖することから致死率が極めて高いとされている。H5型の鳥インフルエンザウイルス(H5N1)の人への感染が最初に報告されたのは1997年5月。香港に住む3歳の男の子が、激しい咳と高熱で入院し、2週間後になくなった。香港での流行以降、世界中に感染が広がり、累計の死者数は500人を超え、致死率は40%と極めて高い。H5型のインフルエンザウイルスは現在、H5N1、H5N2、H5N6、H5N8などの型が世界各地の鳥の間で流行している。H5型の鳥インフルエンザウイルスの人への感染力は現時点では弱く、感染した大半の事例は鳥と濃厚接触したことが原因だとされている。
どこからくるのか・・・
欧州から飛来した渡り鳥が「運び手」となって、日本全国の養鶏場で鳥インフルエンザの発生が異例のペースで相次いだ事はまだ記憶に新しい方もいるだろう。昨年11月以降、香川県や宮崎県などの西日本を中心に発生が相次ぎ、その後、千葉県や岐阜県でも発生。合わせて15の県の36か所の養鶏場で高病原性のウイルスが検出されている。これまでに殺処分されたニワトリの数は580万羽近くにのぼり、1つのシーズンとしては最多。今シーズンの殺処分件数は約600万羽以上となる見通し。その被害を引き起こしているウイルスはH5N8型だとされている。鳥インフルエンザにかかるとニワトリは内臓など至る所から出血してトサカや脚は内出血で黒く変色、そして眠るように死んでいく。ニワトリのこうした症状は歯茎や鼻、内臓から出血する、人のキラー感染症のエボラ出血熱とよく似ているため、「鳥エボラ」と呼ぶウイルス学者もいる。
国の専門家チームの現地調査では野生動物が入り込む隙間が見られたり、人や車両の消毒が不十分であったりするなど、国の衛生管理基準が十分守られていない養鶏場が多くみられ、野鳥によって周辺に運ばれたウイルスが野生動物や人や車両を介して持ち込まれた可能性があるとみている。
人から人へ感染の可能性は・・・
専門家の中では現在のH5型の鳥インフルエンザウイルスに数か所の遺伝子変異が起きれば、強い病原性を持つヒト型ウイルスに変化しうる、突然変異を起こして人間にも感染するタイプの新型ウイルスになることを恐れていると言っている。いまのところ、人から人への感染の確率は少ない。これは、鳥のウイルスを細胞内に取り込む受容体が基本的には人にはないため、人間の体内では鳥のインフルエンザウイルスは増殖できないからだと考えられていた。
では、これまで人から人の間での強い伝染能力を持っていなかったウイルスが変異して、新たに人への感染能力を獲得したらどうなるのだろうか。ほとんどの人が、そのウイルスに対する免疫を持っていないことから、世界全体に流行が広がり、患者は重症化する。新型コロナウイルスの場合をはるかに超える深刻な被害が発生することは確実なのである。WHOや厚労省の予測によれば、新型インフルエンザウイルスの毒性が強いと、世界で7400万人が感染死し、日本国内では最悪64万人が命を落とす。新型コロナの世界の感染死者数は約184万人(今年1月3日時点)であるから、なんと新型インフルエンザの予測値の40分の1に過ぎない。
新たなパンデミックは起こるのか・・・
だからといって、今すぐに世界的な感染爆発(パンデミック)が起こるとパニックを起こす必要は、今のところ、ないとはいうが・・・鳥から人への感染例も人から人への感染例も、いずれも患者との濃密な接触があった場合に限られているからで、つまり、鳥ウイルス自体が、人に感染する新型に突然変異したわけではなく、あくまで人の側の鳥ウイルスを取り込んでしまう受容体が、鳥のウイルスに反応した例が確認されてるということのようだ。本格的なパンデミックが起こるには、「鳥インフルエンザウイルスが突然変異を起こして、新種の人インフルエンザウイルスになる」という最後の1ステップが残っている。しかし既に世界保健機関(WHO)は、鳥インフルエンザの深刻さを知らせるための制度として6つのフェーズからなるパンデミック警報を設置している。ひとつのフェーズから次のフェーズへの移行は、インフルエンザの疫学的動向や、現在流行しているウイルスの特徴といったいくつかの要素によって規定され、WHOの事務局長によって行われる。これによれば、世界は鳥インフルエンザは現在フェーズ3にあると考えられている。このフェーズ3は、「新しい亜型ウイルスによるヒト症例がみられるが、効率よく、持続した感染はヒトの間にはみられていない」と定義されている。この警報がフェーズ4(人から人へ感染が増加している証拠がある状態)以上に上がったら、そのときこそ、警戒が必要だろう。
今回の新型コロナウイルス感染症のパンデミックにおいて専門家が口を揃えて「中国における新型コロナウイルスの人への感染は、中国政府の発表より2カ月早かった可能性がある」としている。次の新型ウイルスの発生の場合、感染の初期段階の把握に失敗すると新型コロナの二の舞になる。中国湖南省の衛生当局は昨年12月20日の時点で「永州市の女性1人がH5N6型の鳥インフルエンザに感染した」と発表。中国ではH5N6型の感染者が過去に死亡した例があるが、当局によれば「感染者は人工呼吸器が必要な状態だが、容体は安定している」という。その後の経過は明らかになっていないが、新型コロナウイルスのパンデミックの二の舞を踏まないためにも、国際社会は中国に対して、本事案についての情報公開をこれまで以上に強く求めていくべきだろう。