
世界でもワクチンを求めて醜い争奪戦が始まる気配を見せている。
欧州連合(EU)は29日、域内で製造された新型コロナウイルスのワクチンの輸出について規制措置を導入すると発表。EUと購入契約を結んだ製薬会社がワクチンを域外へ輸出する際は、申告と許可が必要となり、EU内への供給が足りなくなると判断した場合は、輸出を差し止めることも可能とした。
EUは「必要以上の輸出制限はしない」と主張するが、自国優先の「ワクチンナショナリズム」丸出しの対応だ。
英国VS欧州連合
ヨーロッパでは昨年末に移行期間を終え、正式にEUから離脱した英国に対し、ワクチン禁輸措置を強行、さらにはEU加盟国のオランダ、ベルギー、ドイツで生産している米ファイザー製ワクチン、英オックスフォードワクチンがアイルランドから英国の北アイルランド経由でイギリスに輸出されるのをシャットアウトするため、国境管理を発動した。
EU側としてはアイルランド国境がワクチンの抜け道になると危惧してのことだが、そもそもEU離脱交渉において、EUアイルランドと北アイルランドの間にあれだけ国境を復活させるなと騒ぎ立てていたのはEUだ。
よってすでに離脱協定では、過去のアイルランドの紛争の歴史を踏まえ、EU加盟国のアイルランドと英国に所属する北アイルランドとの国境では輸出入管理を行わないことが決められている。
北アイルランドの民主統一党(DUP)のアーリーン・フォスター党首は「EUは最も卑劣な方法で北アイルランドを利用する用意があることを再び示した」と怒りを爆発させた(さすがのEUもイギリス、アイルランド、北アイルランドの厳しい批判を受け、1月29日深夜に国境管理の復活措置は撤回。)
これに英国が「順番を守れ!!」「自分勝手なEUが我々からワクチンを横取りしようとしている!!」とEUがふっかけた戦争に英国が応戦した形だ。
英国の主張「決断が早かったのは我々だ」
そもそもEUはワクチンの買い付けに遅れをとっていた。英国は決断が早かったのだ。
欧州最大の被害を出した英国では早くから「ワクチンの集団接種で感染拡大を防ぐ。」と出口戦略を描いていた。
移行期間の昨年からEUのルールを利用してEMA(欧州医薬品庁)とは別にワクチンの緊急使用を承認する手続きを進め、イギリスがオックスフォードワクチン1億回分の購入を契約したのは2020年5月。
EUが最大4億回分の購入を契約したのは3カ月遅れの2020年8月。
MHRA(英医薬品・医療製品規制庁)は2020年12月30日にオックスフォードワクチンの緊急使用を承認したのに対して、EUのEMA(欧州医薬品庁)による承認は約1カ月遅れの2021年1月29日である。
これまでのワクチン接種の回数は世界全体で約8000万回以上。首位はアメリカ、2位は中国、3位EU、4位はイギリス。しかしEU加盟国別では100人に対してイギリスは既に15人以上に接種が進んでいるもののかろうじて続くのイタリアの3.5人と明らかに英国に比べて出遅れているのがわかる。
そして今になってワクチンを確保するため、なりふり構わぬケンカをふっかけたというわけだ。
これに対してWHOのテドロス・アダノム事務局長は1月18日「これまでに49カ国の富裕国では3900万回分以上のワクチンが接種されたが、低所得国で接種されたワクチンは1カ国で25回分に過ぎない。壊滅的な道徳上の失敗だ」と、資本主義とナショナリズムによるワクチン供給の現状を嘆いた。しかし自国で接種が必要な人がたくさんいるのに他国に回す余裕など、どこの国にもない。
考えてもみよ。そもそも有効性も安全性も確認されていない段階でワクチン候補を購入するわけだから、早く契約すればリスクを背負う半面、先に購入できるのは当たり前の話だ。
しかし加盟27カ国、人口4億4600万人の規模を盾にゴリ押しするEUに世間の常識は通用しない。欧州委員会のステラ・キリヤキデス欧州委員(保健衛生担当)はこう言い放った。
「製薬会社とワクチン開発者には守るべき道徳的、社会的、契約上の責任がある。私たちは先着順の論理を拒否する。それは近所の肉屋ではうまくいくかもしれないが、契約や事前購入契約には通用しない」。
全部で4億回分供給の契約を履行するため、イギリスの2工場とEU域内のオランダとドイツにある2工場の生産能力をEUのために使えという要求をアストラゼネカに突き付けたがそれだけではない。
欧州理事会は数日以内にアストラゼネカなどにEU基本法(リスボン条約)122条の緊急権限を行使して知的財産とデータを押収する準備をしていると報じられている。
もし、これが本当なら、もはや狂気。醜いEUの本性をさらけ出した暴挙であろう。
この英国の対応が抜け駆けと言えるのだろうか。こうしたEUの暴挙はサプライチェーンを寸断し、ワクチン供給をさらに混乱させるだけと言わざるを得ない。
英国では紅茶を飲む習慣やパブと同じように列に並ぶことがアイデンティティーの一つとみなされており、市民権や永住権を得る試験にも出されるほどだ。英国では並ぶことと先着順が徹底されており、少しでも身を少し乗り出しただけでも「行儀が悪いぞ」と後ろから注意される。
産業革命で膨大な数の工場労働者がタイムカードを打ち込んだり食料品を購入したりするのを待ったのが始まりとされ、19世紀初めに定着した。
しかし残念ながら大陸側では順番を守らない横入りは日常茶飯事である。
EUのワクチン供給が遅れる中、ハンガリーのオルバン・ビクトル首相はロシアのワクチン、スプートニクVを200万回分契約するとともに、中国国有製薬大手の中国医薬集団(シノファーム)のワクチン購入で合意した。EUは自らの加盟国からも信頼されていない。
欧州連合の言い分「契約違反をしたのは英国だ」
2020年8月。欧州委員会はアストラゼネカ社から4億用量を購入することを約束する契約に署名。
EU側はさらに、生産能力の向上を支援するために、3億3600万ユーロ(約427億円)を同社に支払うことを約束した。
契約書は、英国に2つ、欧州大陸に2つ(ベルギーとオランダ)、5つ目は問題が発生した場合に稼働できる米国の工場の複数の工場に言及し、その上で注文の発注と支払いは加盟国次第となっている。
ところが今年1月17日、アストラゼネカ社は一方的に、2021年1月から3月に予定していたEUへの納入を大幅に削減すると発表した。億単位の用量の、わずか「4分の1」にすぎない。
アストラゼネカのCEOは、「英国との契約は、昨年6月に締結された。EUとの契約の3カ月前だ。だから英国のサプライチェーンからの供給は、まず英国に行くと規定した」と言ったのに対して欧州委員会は猛反発。
「3カ月後の契約だからといって、供給が悪い理由にはならない。英国の工場は契約の一部であり、EUが予約した容量を提供すべきだ。締結した契約書に規定されている」と主張した。
「アストラゼネカの説明は納得できない。1時間ごとに言っている事が異なる」と欧州高官はイライラしている。ちなみに英アストラゼネカのCEOはフランス人だ。
そこでベルギー連邦医薬製品庁は、状況を評価するために、同国内にあるアストラゼネカの工場に専門家を派遣した。目的は一つだ。欧州向けに欧州で生産された用量が、他の所に行かないようにすることだ。
これが数日後に「EUの輸出規制」として批判されるものになる。
このようにすれ違う両者の意見。二者が喧嘩している場合、すっきり原因を説明できるほうに理があり、ぐちゃぐちゃ何を言っているかわからず、ただ駄々をこねているほうは防御側でどこかやましいところがあると、大抵相場が決まっている。今のところ軍配は英国側にあがっているように思うが、筆者の英国ヒイキだろうか。
残念ながらEUと英国(特にジョンソン首相)との信頼関係が、ブレグジットとその交渉を通じて失われてしまった事。本当に生産の問題でワクチンが足りないのか、ボリス・ジョンソン首相が英国の工場からEUへの輸出を禁止しているのか、EU側はもはや疑心暗鬼なのかもしれない。
また英国で変異株が発見され、大勢の新たな患者が出たこと。世界中からバイ菌扱い・悪者扱いされて、交通が遮断されて孤立しまったことだろう。
だから英国はワクチン普及に全力を尽くそうとした。国民の安全を守り、ワクチンによってパンデミック収束への希望をもたせるだけではなく、ワクチンを次から次へと接種する様子をメディアに出す事で「バイ菌・悪者」を払拭する必要があったのかもしれない。
その様子を見て、英国から来た変異株に悩まされ始めている欧州側は、「英国ではどんどんワクチン接種が進んでいるのに、こちらにはまわってこない」「契約を守れ」とイライラを募らせたというわけだ。
米バイオ製薬ノババックスは28日、開発中のワクチンについて英国で実施した第3相試験の結果、予防効果が89.3%だったと発表した。英変異株に対する予防効果も85.6%だったという。米製薬大手のジョンソン・エンド・ジョンソンも29日、開発中のワクチンについて有効性が66%だったと発表した。今、急がなければならないのはワクチンの承認と生産、供給である。
島国は外界から守りやすい反面、ひとたび問題が起こると孤立しやすいものだ。同じ島国である日本も他人事ではない。ワクチンナショナリズム。今後のKeywordとなりそうだ。